『賢者の贈り物』の話をしたので、もう1つ、O.Henryの解釈にまつわる話題です。むかし、「翻訳あれこれ」というメルマガを書いていたときの記事です…
近眼ということになっていた
前稿に続いて、O・ヘンリーの短編をめぐる冒険に出ます。今日取り上げる作品は、The Clarion Call (「ラッパの響き」)です。刑事のバーニイ・ウッズが、道で、殺人犯のジョニイ・カーナンにばったり出くわします。二人は古 なじみです。
まず、問題箇所までがどんな話なのか見ましょう。大久保康雄の訳です。
この物語の半分は警察署の記録からでもわかるが、あとの半分は、新聞社の事業部でないとわからない。
億万長者のノークロスが、彼のアパートで、強盗のために殺害されてから二週間後の、ある午後のこと、犯人が平然とブロードウェイをぶらついていて、バーニイ・ウッズ刑事と、ばったり顔を合わせた。
「やあ、ジョニイ・カーナンじゃないか」とウッズは声をかけた。彼は五年ほど前から近眼だということになっていた。
「5年ほど前から近眼ということになっていた」の部分の英語原文は、who had been near-sighted in public for five years です。まさに日本語に訳されたとおりの英語ですが、これはいったい何を言おうとしているのでしょうか?
(1)道で知人に会ってもあまり挨拶などをしない、ということでしょうか? (2)すねに傷を持つ者たちに油断させるため、近眼だと言いふらしている、ということでしょうか? (3)袖の下をもらって犯罪を見のがしている、ということでしょうか?
どれも可能性がありますが、(3)の可能性が高いと思います。
Show me!
以上はアペリティフで、ここからが、本日のメインディッシュです。英語の原文を引用します。
“No less,” cried Kernan, heartily. “If it isn’t Barney Woods, late and early of old Saint Jo! You’ll have to show me! What are you doing East? …”
「No less」 は、「まさにそうだ!」という意味です。これは問題ありません。次の部分はいかがでしょう?
「If it isn’t Barney Woods」は「君はバーニイ・ウッズじゃないか!」という意味です。if には、「独立節を導いて,願望・驚き・怒りなどを表す」用法があります(『電子版ランダムハウス』)。「…であればなあ、…だとは驚いた、…をやりでもしたら(承知しないぞ)」などの意味となります。
Well, if it isn’t my uncle. I thought I’d never see you again.
あら、おじさんじゃないですか。もう会えないかと思っていました。
という例が挙げられています。
old Saint Jo とは何のことでしょうか? 辞書によれば、Saint Joe はミズーリ州のセントジョゼフ(Saint Joseph)のことだという説明があります。
late and early of … は、そのままの形では辞書に載っていませんが、late of には、「最近まで…に住んでいた」という意味があるので、「最近(lately)も昔も(eraly)も…に住んでいた」という意味だと類推できます。したがって、If it isn’t … は、全体として、「そういうあんたは、セントジョーのバーニー・ウッズじゃないか!」くらいの意味です。
さて、You’ll have to show me! これが問題です。
「じゃあ、見せなきゃならないね!」などと訳しては、趣旨がちんぷんかんぷんです。そんな訳をして澄ましていると、相手がこわもての読者だったら、「何を見せろとゆーとんじゃい!」とすごまれてしまいますよ!
枕詞?
これが何を言おうとしているのか、沈思黙考にしばし時をうつしてもすっきりこないので、親友のスコットランド人に尋ねましたが、釈然としません。そこで、今度は、アメリカ文学を専攻している同僚のアメリカ人に尋ねました。
最初、Saint Jo ってどこなんだろうと言いながら首をひねっていましたが、それはセントジョゼフのことで、ミズーリ州の町だというと、あっと叫んで言いました。「Show Me State だ!」と。
ミズーリ州は Show me state と呼ばれるのだそうです。そして、それはアメリカ人なら誰でも知っているとのこと。この表現は、一説によれば、昔のミズーリ州出身のある議員が疑い深く、何か公の機会にしつこく「Show me!(はっきりと証拠を見せろ)」というようなことを言ったという故事から来ているようです。
したがって、You’ll have to show me! は、相手の住んでいた Saint Jo がミズーリ州の町だということを、軽いノリでつっこんだだけです。おもろいことをとりあえず言ったという以外、意味はありません。日本にひきうつして同じような例を考えるなら、「ほう、君のいなかは大阪か。じゃあ、食い倒れなきゃ!」と言っているようなものです。
ようするに、You’ll have to show me! は、一種の枕詞だったのです! 誰か翻訳して〜〜〜 (SY)
コメント
I’m from Missouri.で「私は疑い深い人間ですからね」みたいな意味になるというのは、どこかで聞いたことがあったのですが、「Missouriとは記されていない状態で、都市名から州の名前を推察する」のはさすがに難しいですね!
「疑い深い」のはミズーリの人のはずなのに、You’ll have to show me!では、立場が逆になっちゃってます(ミズーリの人ではないと思われる主人公が「疑ってる」ので)。だから、ほんとに完全なダジャレというか、おやじギャグみたいなもんなんですね。
「セントジョセフの出だったよな? ショーミーステートだけに、ショー拠はあるのか?」
おあとがよろしいようで…。
https://idioms.thefreedictionary.com/I%27m+from+Missouri+and+you%27ll+have+to+show+me