12月の例会は山本史郎先生に以下の内容で、発表していただきました。
Charlotte BrontëのJane Eyreは19世紀を代表する小説の1つで、日本でも昔から幾度も翻訳されてきた。主人公のJaneは幼くして両親をなくした不幸の身の上だが独立心に富む女性という設定で、自らの運命を切り開くべく女性家庭教師となる。最初に雇われた富豪のRochesterに見初められ求婚されるが、Rochesterは精神異常の妻を隠していたことが判明する。同棲の誘いを断り、逃亡したJaneは、その後親類の家で養われることとなるが、やがて牧師のいとこSt. Johnに求婚される。このように、Jane Eyreは主人公が2度の求婚を経験する。「愛と結婚」がテーマである。
この物語のもっとも重要な瞬間は、二度目の求婚の場面でやってくる。St. Johnに求婚されて、承諾しそうになったとき、Janeの耳に “Jane! Jane! Jane!”とRochesterが自分を呼ぶ声が聞こえる。これがきっかけとなってJaneはRochesterを訪ねてゆき、妻が亡くなったことを知り、Rochesterと結ばれることになる。
先に、JaneはRochesterの同棲への誘いを振り切って逃げ出したが、Rochesterを愛する気持ちに変わりはない。St. Johnの求婚はJaneを愛するがゆえではなく、異国に布教活動に行く伴侶を求める、というのが理由であった。二人の求婚は対照的である。Rochesterは愛情があるが、結婚という形式を満たすことはできない。St. Johnは結婚という形式は満たすが、愛情はない。
この物語はJaneがRochesterと結ばれる結末へと進んでいることは明らかだが、作者Charlotte Brontëは、その結末へと導く手段として、Janeが遠隔地のRochesterの声を聞くという不思議な出来事を介在させている。このようなプロットにしたのは、ヴィクトリア朝で支配的だったキリスト教道徳を慮ったためと推測されるが、世俗化が進んだ現代では、きわめて不自然な筋立てに見える。
12月の例会では、この「ロチェスターの声」という不可思議な出来事が、様々の映画バージョン、日本の児童書、英語のリトールド版でどのように処理されているかを検討した。「翻訳」の議論は、文字から文字への変換だけでなく、文字から映像への意味の移転をも扱うのが妥当であることを示そうとした。なお、この発表の内容は、来春東大出版会から出版予定の拙著『翻訳論の冒険』の1章となる予定である。以下に目次を予告しておこう。
『翻訳論の冒険』
はじめに
Ⅰ 翻訳になぜ理論が必要か
01 イントロダクション――翻訳論はなぜ必要か
02 世界にはどんな翻訳論があるのか
03 まず、翻訳を定義してみよう
04 日本の「翻訳」とは何だったのか
05 形か意味か(1)――西欧の逐語訳
06 形か意味か(2)――日本の「逐語訳」
07 そもそも、意味とは何だろう
08 意味を伝える、とは
09 関連性理論とは何か
10 いよいよ、翻訳とは何だろう
11 文学テクストを翻訳するということ
12 さあ、理論の応用に漕ぎ出そう
Ⅱ 翻訳の実例を見る
01 文学翻訳の実践へ――冒険の見取り図
02 翻訳推敲のワークショップ――『たのしい川べ』
03 視点・声・心理劇を翻訳する――『床の下のこびとたち』
04 物語の意味を翻訳する――『ホビット』(1)
05 物語の仕掛けを翻訳する――『ホビット』(2)
06 仕掛け翻訳のバリエーション――スターン、ディケンズ、O・ヘンリー、トールキン、モンゴメリー
07 明治日本の天才たち――福澤諭吉、夏目漱石、森鴎外
08 短編翻訳のポイント――芥川龍之介、マンスフィールド、デ・ラ・メア、ブラッドベリ、ポー
09 書き換えられた『源氏物語』――ウェイリーとサイデンステッカー
10 言語が変わると物語が変わる――『赤毛のアン』『羅生門』『新聞紙』『コンビニ人間』
11 映像に翻訳する――『ホビット』『チョコレート工場の秘密』『ふしぎの国のアリス』
12 メディア間の翻訳を考える――『ジェイン・エア』から映画、児童書へ
あとがき
参考文献
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